石童丸
昔々ある山奥のお城にな、わげぇくて 、おどごぶりのええ殿様えだけど。 秋のある日、天気もええし、狩りに行ご うがど思って、家来を四、五人連れで、 馬さ乗って山奥さ入って行ったけど。 二里ぐらい歩いて、あたりの木の葉っこ 落ぢで明るいどごさ、椿のやぶっこあっ たけど。 殿様だぢの気配を聞いて、椿のやぶっ こがガサガサど動いだので、殿様ぁ すばやぐ弓さ矢をつがえで、やぶをめ がげで、ピューンと矢をはなったけど。 したば、椿のやぶこがら、何がゴロンと 飛び出したけど。家来ぁ、早速その獲物 を拾って殿様の前さ持って来たけど。そ の獲物はキツネだけど。 まだ子ギツネだもんだがら、殿様は 「かわいそうだごどした。ウサギなば鍋 さ 入れるえども、キツネでぁ とでもで ぎねぇ」と思って、 左のももさ刺さった矢を抜えで、家来が ら手ぬぐえもらって、ケガしたキツネの ももさ まえで 「人のえだどごさ、出てくるもんでねぇ、 早ぐ逃げろ」 って、やぶこさ放してやったけど。 そしたば、年頃だった雌ギツネは、やさ しい殿様どごさ恋してしまったど。 そして、なんとがして、あの殿様のそば で暮らしでぇど思うようになったけど。 「何と優しい殿様だごど」と思いながら、 キツネは見えねえどごさ逃げで行った けど。 あれから一と月も過ぎて、 雪こチラホラ降って、寒い晩方だけど。 殿様の家の裏木戸、トントトントンとただ ぐ人えだど。 「こんただ暗ぐなってがら、だれだべー」 と、女中頭そ〜っと覗いて見たば・・。 年の頃、十七・八で、身なりも悪ぐねぇ つらもわりと え つらした娘っこ寒そう にして立てだけど。 「何か用だが」って、女中頭聞いたば 「旅の者だのも、今夜泊まるどごねぇ、 一晩泊めでもらえねぇべが」 って言ったけど。 見たどころ、みすぼらしぐねぇし、ええ顔 してるし、女中頭も 「一晩ぐれなばええべ、寒かべ、 早く中さ入れ」って言って、 その娘っこどご中さ入れで、まま食わせ で、その晩ゆっくり休ませでやったけど 。 そうして、次の朝早ぐ起ぎで、娘っこぁ 、庭 はぐんだが台所そうじするんだが 、なんと働ぐけど。 女中だ起ぎできて、びっくりしたけど。 「ゆうべは、どうもありがとうございまし た。旅籠賃もってないので、ここで働か せでけろ」 って言ったもんだがら、 女中頭も、この寒いのに朝早ぐ起ぎで 掃除してもらえば助かると思ったので 「ええよ、ええよ、一日二日な」 と言ったもんだがら、娘っこもほっとして 、一日二日が、一週間、一ヶ月たっても 、さっぱり出て行こうとしねぇんだど。 働き者だべし、気がきぐべしぶりこもえ べし、みんなにほめられ、一日二日が 一年二年になってしまったけど。 そうしているうぢに、よく働くものだがら、 殿様の身の回りの世話をするよう になったけど。 殿様のそばでくらしたいと思っていたの が、本当に殿様の世話ができるように なったけど。娘っこ幸せで、幸せでたま らなくなったど。 毎朝、殿様の髪結ってけだり、着がえ の手伝いしたり、何んとよく気のつく娘っ こなんもんで、殿様もちょこっといたずら っこしてしまったど。 そしたば、そのいたずらっこ本物になっ て、娘っこの腹っこプクッとはれて大きく なってたげど。 さぁお城が大さわぎになった。 でも殿様、自分の不始末だがら、娘っこ どご嫁にする事にしたど。 殿様の奥方になったキツネは大喜び、 これで一生殿様のそばで暮らせると思 ったど。 そして間もなく、大きな男の子が生まれ だけど。 殿様喜んで石童丸と名前つけだけど。 石童丸も三歳になったけど。 そんなある晩の事、殿様仕事から帰っ て、自分の部屋に入ろうとして、ギグッと 立ぢどまった。耳が二本生えた高島田 がいねむりして、ぐらぐらと動いている。 そこから逃げるように、隣の部屋に入っ てひと休みすると、そこには、かわいい 石童丸が寝でだけど。 しばらくして、さっきの部屋にもどったら 、目をさましたいつもの気のきく奥方の なっていたそうな。 次の朝、殿様は髪を結ってもらう時、 手鏡をもって後ろの奥方を見たば、や っぱりキツネが殿様の髪結いに一生懸 命だったけど。 今まで髪を結う時、絶対に手鏡をもた せねぇがったので、殿様も不安な思い になってきた。 奥方も、殿様鏡っこ もって後ろの方見 だら、と不安になった。 今まで幸せだった、大すきな殿様どご 騙してきたごどを悩むようになってきた けど。 石童丸も手もかがらなぐなったし、山さ 帰ろうがー、殿様ど石童丸と別れるのも つらいし、キツネの奥方悩んで、悩んで 、苦しんで、気ちがいにようになってき だけど。 ある晩の事、石童丸の母上は、 殿様が仕事がら帰って来ないうちに、石 童丸どご寝がせて、殿様のスズリ箱もっ て来て、障子さ詩 書えだけど。 半分けものになりかげだがら、あたまさ 耳出できて、髪を振りみだして、手さ筆 持でなぐなって、口さくわえて、すばらし い字で詩を書きあげだけど。 そして、殿様帰って来ねぇ うじ、 はだしで帯ひきずって、髪振りみだして 、山さ帰って行ったけど。 殿様帰って来て、障子の詩読んで、が っくりしたけど。 来る時が来たな、と思ったので、かわい い石童丸どごば、まま母もらわねぇで、 大事に、大事に殿様育でだけど。 石童丸四・五歳になったば、 「友達の家にぁ 母様いるのも、 石童丸の母上どごさ行った」 って聞かれで、殿様返事に困ったけど。 武士の子に成長した時、殿様、今まで の事みんな語って聞かせで、母上に会 いに行ったけど。 若い時、殿様が狩りに行った山さ、 石童丸をつれて行って 「母上!母上!」 って呼ばせて、殿様は遠くで待ってだど 。 石童丸が呼ぶと、椿のやぶの中から、 きれいな母上が出てきて、石童丸を抱 いて泣えだけど。 五・六年も見ないうちにりっぱな武士の 子に成長した石童丸を見で、キツネの 母上も安心して 石童丸さ、 「お前は、人間の子だがら、カエルを食 ったり、ヘビを食ったり、殺生な事はす るなよ」 と言い聞かせ、 泣きながら、椿のかげに消えで行った そうだ。 トッピンパラリのプー |
昔々、ある山奥のお城に、若くて 男ぶりのいい殿様がいました。 秋のある日、天気もいいので、狩りに行 こうと、家来を四・五人連れて、馬に乗 って山奥に入って行きました。 二里ほど歩いたら、周りの木の葉が落 ちた明るい所に、椿の藪がありました。 殿様たちの気配に気づいて、椿の藪が ガサガサと動いたので、殿様はすばや く弓に矢をつがえて、藪をめがけてビュ ーンと放ちました。 そうしたら、椿の藪から何かがゴロンと 飛び出してきました。家来がさっそくそ の獲物を拾って殿様の前に持ってきる と、それは、キツネでした。 まだ、子ギツネだったので、殿様は 「かわいそうなことをしてしまった。ウサ ギなら鍋に入れることもできるけど、キ ツネではなあ」と思って、 左の腿に刺さった矢を抜いて、家来か ら手ぬぐいをもらって、ケガしたキツネ の腿に巻くと 「人のいる所に出て来るんじゃない、早 く逃げなさい」 といって、藪に放してやりました。 そうしたら、年頃だった雌ギツネは、や さしい殿様に恋をしてしまいました。 そして、なんとかして、あのやさしい殿様 のそばで暮らしたいと思いました。 「何とやさしい殿さまでしょう」と思いなが ら、キツネは見えないところに逃げてい きました。 それから一と月も過ぎて、 雪がチラホラ降って寒い夕方、 殿様の家の裏木戸をトントンと叩く人が いました。 「こんなに暗くなってから、だれだい」 と、女中頭がそ〜っと覗いて見たら、 年の頃十七・八で、身なりも悪くない顔 もわりといい娘が寒そうに立っていまし た。 「何かようですか」と、女中頭が聞くと 「旅の者ですが、今夜泊まるところがあ りません。一晩泊めてもらえないでしょう か」 と言いました。 見たところ、みすぼらしくもなく、いい顔 をしているので、女中頭も 「一晩ぐらいならいいでしょう。寒いでし ょう、早く中に入りなさい」と言って、 その娘を中にいれて、ご飯を食べさせ て、その晩はゆっくり休ませてやりまし た。 そしてその娘は、次の朝早く起きて、 庭をはいたり台所を掃除したり、たいそ う働きました。 女中たちは起きてきてびっくりしました。 「ゆうべはどうもありがとうございました 。旅籠賃を持ってないので、ここで働か せて下さい」 と言うものだから、 女中頭も、この寒いのに朝早く起きて 掃除をしてもらえば助かると思ったので 「いいよいいよ、一日二日だよ」 と言ったものだから、娘もほっとして、 一日二日が、一週間、一ヶ月たってもさ っぱり出て行こうとしませんでした。 働き者だし、気がきくし、可愛いし、皆に 誉められて、一日二日が一年ニ年にな ってしまいました。 そうしているうちに、よく働くものだから、 殿様の身の回りの世話をするよう になりました。 殿様のそばで暮らしたいと思っていた のが、本当に殿様の世話ができるよう になったのです。娘は幸せで幸せで、た まらなくなりました。 毎朝、殿様の髪を結ってくれたり、着替 えを手伝ってくれたり、とってもよく気が つく娘なので、殿様も気に入ってちょっ といたずらをしてしまいました。 そうしたら、そのいたずらが本物になっ て、娘のお腹が大きくなってきました。 さぁ お城は大騒ぎになりました。 でも、殿様は自分のせいだから、娘を 妻にすることにしました。 殿様の奥方になったキツネは、 これで一生おそばで暮らせると思いまし た。 そして間もなく、大きな男の子が産まれ ました。 殿様は喜んで「石童丸」と名前をつけま した。 石童丸も三歳になりました。 そんなある晩のこと、殿様は仕事から 帰って、自分の部屋に入ろうとして驚い て立ち止まりました。耳が二本生えた高 島田の頭が、いねむりをしてグラグラと 動いていました。そこから逃げるように 、隣の部屋に入ると、そこにはかわいい 石童丸が寝ていました。 しばらくして、さっきの部屋に戻ったら、 目をさました奥方は、いつもの気のきく 奥方になっていたそうです。 次の朝、殿様が髪を結ってもらう時、 手鏡を持って後ろの奥方を見たら、や っぱりキツネが一生懸命に髪を結って いるのが見えました。 今までは、髪を結う時に絶対に手鏡を 持たせなかったので、殿様も不安な思 いになってきたところでした。 奥方は奥方で、殿様が手鏡を持って 後ろのほうを見たらどうしようと、不安で した。 今まで幸せだったけれど、大好きな殿 様を騙してきた事を、悩むようになって きました。 石童丸も手がかからなくなってきたし、 山に帰ったほうがいいのではないか思 うけれど、殿様や石童丸と別れるのは つらいしと、キツネの奥方は悩んで苦し んで、気ちがいのようになっていました 。 ある夜、石童丸の母上は、 殿様が帰ってこないうちに石童丸を寝 かしつけて、硯箱を持ってきて障子に詩 を書きました。 半分 獣になりかけてしまったので、頭 に耳が出てきて、髪を振り乱して、手に 筆を持つことができなくなって、口に咥 えて、すばらしい字で詩を書き上げ ました。 そして、殿様が帰ってこないいちに、 はだしで帯をひきずり、髪を振り乱して 、山に帰っていきました。 殿様は帰って来て、障子に書かれた詩 を読んで肩を落としました。 来る時が来てしまったと思ったので、 継母をもらわないで、石童丸を大事に 育てました。 石童丸が四・五歳になると 「友達の家にはお母さんがいるのに、 石童丸の母上はどこに行ったの」 と聞かれ、殿様は返事に困りました。 石童丸が立派に武士の子に成長した 時、殿様は今までの事をすべて話して、 母上に会いに行きました。 若い時に狩りに行った山に連れて行っ て 「母上!母上!」 と呼びかけさせて、殿様は遠くで見守っ ていました。 石童丸が呼ぶと、椿の藪の中から、 きれいな母上が出てきて、石童丸を抱 いて泣きました。 五・六年も見ないうちにりっぱな武士の 子に成長した石童丸を見て、キツネで ある母上も安心して 石童丸に 「お前は人の子なのだから、カエルを食 べたり、ヘビを食べたり、殺生なことをし てはいけませんよ」 と言い聞かせて、 泣きながら椿のかげに消えていったそ うです。 トッピンパラリのプー |
藤原晴子さん
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